Thanks for Hokkaido !!
これが更新された頃、
僕は東京へ向かう飛行機の中でしょう。
そう、
今日で22年間過ごしてきた北海道と暫しのお別れとなります。
札幌で生まれて、
親父の仕事の都合で
→留萌→室蘭と引っ越し。
11歳の頃、
親父が家族のことを思って、
江別に一戸建てを購入。
この日から今日に至るまでの11年間、
江別人として生活してきました。
江別に引っ越ししてきた当初、
すぐにクラスの友達ができて、
当時大ブームだったミニ4駆で遊んで楽しい日々を送り、
小6のとき、
クラス全員から精神的ないじめを受け、
それがトラウマになって、
家族以外の人間が信じられなくなり、
(トラウマが原因で)中1・中2と他人に対して尖っていた。
また、しもすけさんやセイさん、kenjiらと出会ったのもこの時期(中2)。
中学の時、
声優になりたいが為に、
演劇部に入部。
楽しい雰囲気である一方で、
役がもらえないことに悩んでいたっけ。
そんなときに、
市民ミュージカルの話が出てきて、
メインの中学生役をもらえて、
舞い上がるほどにめっちゃ喜んだ。
よく練習時間の2時間前に入ってストレッチや台本読みetc...をしたりと、
誰にも負けないくらいに練習してた。
その結果、
満員御礼になるほどの大成功を収めた。
この大成功は、
実行委員長をはじめ、
演出家の先生、脚本家の先生、歌およびダンスの先生、舞台監督、大道具、小道具、音響、照明、衣裳、広報などといったスタッフの方、下は小学1年生から上は50代くらい共演者、そして公演を観に来てくれた人たちと、
江別に住んでいる大勢の力があったからこそなし得たものなんだと感じたっけ。
また、見ず知らずの他人同士が集まって、
ひとつの目標に向かって団結し頑張りぬいたことに、
ヒトの温かさを感じた。
そんな貴重な体験をした中3の夏。
高校受験、
自分の実力だと合格率20%以下の高校を目指して、
家庭教師をつける位、
必死こいて猛勉強。
結果は合格。
とても嬉しかった。
その当時、家庭教師をしてくれた先生は今どうしているのだろう。。。
高校1年、
前年に引き続き市民ミュージカルに携わる。
このときは役者としてではなく、スタッフとして参加。
同時期、劇団に入団。
高1の終わりに、
ちょいキャラであるが、
えぽあホールと札幌のかでる2.7の舞台に立つ。
以後、一時期休んでいた時期があったが、
大学1年まで所属していた。
一方で高校での生活は、
クラスの半数からいじめを受ける。
唯一の逃げ場は、
市民ミュージカルで知り合った高校の先輩の紹介で入部した放送局の放送室。
1時間ほどある昼休みにはいつも立て籠もってた。
また再び人間不信に陥っていたが、
担任のA先生には親切に相談に乗ってくれた。
しかし、高1が終わったときに転勤。
今でも関係は続いている。
A先生にで会っていなければ、
学校を辞めてたか、
自殺をしていたに違いない。
高校2年、
小遣い稼ぎの為に新聞配達を始める。
この時に(中学は一緒だったが)相方と初めて同じクラスになるも、
今日まで関係が続くとは思ってもいなかった。
また同時期に、芸能事務所のオーディションを受け、合格するも、
両親に強く大反対されて声優の道を諦める。
ポッカリ穴が開いたときに、
深夜番組でアメリカ・チャンプカー(当時:CART)の映像が流れ、
それを見て衝撃を受ける。
「F1が公道でレースしてるよ。。。」
これがモータースポーツとの出会い。
高校3年、
バイトで稼いだお金で、
もてぎで初めてレース観戦。
また、ちょっとした恋愛をしたのもこの時期で、
勉強とかが手につかないこともあったっけ。
大学受験は、
指定校推薦を利用したので、
嫌味に聞こえるかもしれないけど、
書類審査だけで合格した。
大学生活、
今までのこともあったせいか、
1年のときはクラスの人とはあまり親しくしなかった。
というよりも人との接し方がわからなくなってた。
けど、タカPやjunjun、画伯ら男衆が親切に接してきてくれたおかげで、
次第にクラスの人とも接するようになった。
何度かクラスでの飲み会に誘われた時は、
その度にめっちゃ嬉しかった。
主催した女子にも感謝。
あと、3年の時の心理実習で帯広に行った時、
同じ学科の他クラスの学生と夜遅くまでトークしたり、
たっちゃん、坪ちゃん、いったとクルマで走りに出かけたのも思い出。
また、高校を卒業して間もない頃に、
中学の同窓会を開いたこともあって、
しもすけさんら中学メンバーと飲むようになったのもこのとき。
当初は男女計10人程度だったけど(幹事はいつも僕)、
短大・専門学校組の卒業があったり、
会を開くたびにトラブルだらけだったりで、
3年の夏頃からいつもの3人or4人になった。
他の奴ら数名は元気だろうか。。。
バイトは、
このブログではおなじみのスーパーで、
レジ1年10ヶ月、品出し1年11ヶ月働いた。
その間、キレた客に反論したり、
売り場の蛍光灯を換えていて、蛍光灯を割って売り場に破片を散乱させたり(閉店時間に)、
相方と喧嘩して休憩室前の壁を壊したり etc...と
かなり問題を起こしたりしたけど、
約4年間、働かせてくれたことにはとても感謝。
嬉しいこと、
辛いこと、
悲しいこと、
楽しいこと。。。
22年間の間に色々あったけど、
上記のことや今まで出会ってきた人たちががなければ、
今日の僕はいなかったでしょう。
建て前とかじゃなくて、
ホントに感謝してます。
これから、東京というレジャーと就活でしか行ったことないところで、
初めて一人で生活するわけですが、
とくにこうといった意気込みが浮かばないので、
とりあえずは頑張るのみです。
最後に
家族、親戚、友人、先生、ワンコ etc...
僕を支えてくれた人たちへ
今までありがとう。












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